農作物に種まきと収穫があるように、私達の人生も、仕事・家庭・勉学・人間関係などの面において、どんな行いの種を植え、どんな報いを刈り取らなければいけないのかを考えてみましょう。
自分自身の行いは、善につけ悪につけ、その結果と影響はすべて自分にふりかかって来ます。すっかり忘れていた何ヶ月も前の過ちで大損させられるということが、現実にはあるのであり、その仕組みに気付かない所にこそ不幸の原因があるのです。
幸福な人生を送るには、自分の我欲のままに振る舞って不幸の種をまくことをせず、「俺が・私こそ」という我慢偏執の心を抑え、協調性を持って社会性の強い生き方をすることが不可欠です。人生の善き種を植え、善き収穫を獲るために、信仰は欠かすことのできないこやしであり、南無妙法蓮華経のお題目を唱えることで、必ず佛様の救いに浴することができるのです。迷いを捨てて信じ切ることで、自分本位で不幸な自分を幸福な自分に変えてしまうのです。