平成25年11月  仏の御意あらはれて法華の文字となれり
平成25年10月  地涌千界の菩薩は己心の釈尊の眷属なり
平成25年 9月  進退此に谷り
平成25年 8月  釋迦佛の本土は實には娑婆世界也
平成25年 7月  仏眼をかって時機をかんがへよ仏日を用て国をてらせ
平成25年 6月  法華経の御名をきく事はをぼろげにもありがたき事なり
平成25年 5月  病によりて道心はをこり候ふか
平成25年 4月  我 日本の柱とならむ
平成25年 3月  仏の御目には一一に皆御仏なり
平成25年 2月  一生が間賢なりし人も一言に身をほろぼすにや
平成25年 1月  一滴の水漸漸に流れて大海となり一塵積りて須彌山となる
平成24年12月  昔と今はかわるとも法華経のことわりたがうべからず
平成24年11月  仏の御意あらわれて法華の文字となれり 文字変じて又仏の御意となる
平成24年10月  いうにかいなきものなれど約束と申す事はたがへぬ事にて候
平成24年 9月  法華経は正像よりも末法に殊に利生あるべし
平成24年 8月  法華経の題目は日輪と雷との如し
平成24年 7月  何ぞ同じく信心の力を以て 妄りに邪義の詞を宗ばんや
平成24年 6月  我師釈迦如来は 一代聖教乃至 八万法蔵の説者なり
平成24年 5月  仏法を習う身には 必ず四恩を報ずべきに候か
平成24年 4月  当時は痛けれども 後の薬なれば痛くて痛からず
いまだきかず 法華経を信ずる人の 凡夫となることを
法華経と申すは 手に取れば 其の手やがて仏になり 口に唱うれば 其の口即ち仏也
今の世間を見るに ひとをよくなすものは かたうどよりも 強敵が 人をば よくなしけるなり
仏法は体のごとし 世間は影のごとし 体曲れば 影ななめなり
今 日蓮 法華経一部 よみて候
善知識 たいせちなり
妙とは蘇生の義なり 蘇生と申すは よみがえる義なり
心すなわち大地 大地則草木なり
法華経修行の者の所住の処を浄土と思うべし